「本当に馬鹿だな、君は。そんなんだから赤点なんだ。」
「う、うるさい!お前みたいなのとは頭の出来が違うんだよ!」
「・・言い訳ばっかりしてないで勉強しろ。俺だって暇じゃない。」
「お前が話しかけてくるからだろ・・ッ!!」
裏の裏は表
アスラン・ザラは酷い。
周りの女の子には異様に優しくて紳士的な癖に、どういう訳か私は別らしいというのがひしひしと伝わる。
そして何かと私のテストの点数をみて鼻で笑うのだ。
もうこれはヤツの趣味なのかもしれないと言えるほど毎回。
さらには人が必死で未到達・赤点課題をやっているところに来て「そんなのも分からないのか?」と何度も聞いて勉強の邪魔をする。
それに音を上げて「馬鹿にしてないで教えろよ!」と叫ぶと、次は嫌々教えてくる。
そして今もまさにその状況だ。
「もういい、一人でやる!あっち行け!」
「教えてくれた人に対する態度か?」
礼儀もないんだな、とまた馬鹿にされカガリはフイッと首を振る。
「第一、提出今日までなんだろ?終わらせられるのか?一人で。」
カガリはバスケ部の主将・・しかも中一の頃から市のMVPを取るほどのプレイヤーで、テスト期間も関係なく部活に勤しんでいる。
毎日の朝練や、当然放課後。気分が乗ればお昼さえも体育館だ。
そのせいか授業はいつも眠たくて一日の大半を寝て過ごす。
おかげで・・毎度、特に理系科目は赤点、良くて未到達だった。
「ったく、また同じ間違いだ。ここは・・」
「あぁ!もう、来るなよ!良いよ別に間違っても!出せば提出なんだ!私は早く部活に・・!」
かくいうアスランもバスケ部の主将。歳の割に身長も高く、カガリと同じく市のMVPに君臨している。
カガリから見てもプレイは美しく、女子が黄色い声を上げるのもよく分かる。
な・の・に、だ。
アスランは授業を寝ることもなく、成績も毎回ほぼトップという素晴らしい、まさに絵に描いたような優等生なのだ。
「そうだったなー、今日は女子が全面体育館使える日だもんなぁー・・なのに主将がこんな所で・・・」
「うるさーい!!!!!」
本当に嫌みなヤツだ。
そう思いながらも必死で手と脳を動かすとやっとの事で課題が終わる。
「ほら、提出行くぞ。」
「な、なんでお前が一緒に来るんだよっ!」
怒っているのに付いてきてさらにはまた憎まれ口を叩くアスランにカガリは頬を膨らませる。
その時、アスランが嬉しそうに笑っているのは本人すらも気が付いていないことだった。
「アスランさぁ・・カガリのこと好きなの?嫌いなの?」
「は?」
カガリの提出を見届けた後、下駄箱で帰りを待っていたキラに突然言われ、アスランは間の抜けた答えを返す。
「だってさ、君・・カガリに対して突っかかりすぎだよ。」
「まぁ・・アスハをからかうのは楽しいからな。」
そう意地悪く笑うアスランなんて、カガリ関連以外じゃ見たことがない。
好きという感情には見えないが、嫌っているようにもけして見えないのだ。
「絶対に・・好きじゃないんだね?」
「あるわけないだろ?」
変なこと言うなよ・・と笑うアスランに、キラは「じゃあ」と声をだす。
「僕がカガリのこと好きって言ったら応援してくれる?」
その言葉に・・アスランはしばし黙ってから「フレイはどうしたんだ?」と聞いてきた。
「別れたよ。・・大体あれはフレイとサイの喧嘩に僕がつけ込んで・・ちょっとの間奪っただけだもん。」
「ずっと片思いしてたんだろ・・?」
「うん・・でも、何か。付き合ったら"こんなもんか〜"って。それだけ。今はもう友達だよ。」
キラの言い方に、アスランは何故か苛立ちを感じる。
フレイの代わりとしてカガリを求めているように見える・・そんなのは・・許せるような気がしない。
「だからって・・そんな直ぐに変わるのか?」
「別に恋は時間じゃないよ。」
分かってないなぁとキラは笑う。
アスランは何となく納得がいかないようにキラを見てから「・・分かった。」と小さく頷いた。
次の日、キラを連れてカガリと話しに行くと・・直ぐに二人はうち解けたように話し出す。
三人でワイワイ騒いで・・チャイムと共に席に戻る。
HRが始まると・・直ぐに、前の席の金髪がフラフラと揺れた。
そう、アスランとカガリは席が偶然にも前後なのだ。
HRが終わる頃には・・すっかり頭が落ち、気持ちよさそうな寝顔さえ見えていた。
それを見てアスランは微笑む。
「まったく・・アホ面だな・・。」
そう・・ぼそりと呟くと、いつの間にか隣りに来ていたキラがカガリの頬に触れていた。
「そう?すっごく可愛いじゃない・・?」
愛でるようにキラは見つめ、カガリはくすぐったいのか口元を弛ませ「ん・・。」と声を出す。
キラはそれを楽しむように笑い、人目を気にせず髪を梳いた。
「すっごいサラサラ。」
「・・今日も朝練してたから・・汗まみれだぞ。コイツの髪。」
いつものように嫌みを聞かせて言うと、キラは「そうなの?」と首を傾げる。
「でも綺麗な金色。僕好きだなぁ。」
そう、言うキラに・・アスランは「物好きだな。」と素っ気なく言い・・授業の準備をしにロッカーへ行ってしまう。
その後ろ姿を見て、キラはクスリと笑っていた。
数学の授業中・・カガリはやはり寝ていて、それに気が付いた教師がカガリを指す。
当然分かる訳のないカガリは困ったように「y=1だから・・」と問題文をそのままを答え始めていた。
アスランは溜息を付いてから、カガリのセーラー服の裾を引く。
「・・y=1を右辺に移項して、因数分解。答えは-2と5。」
そうコソコソと言うとカガリはそれをそのまま答える。
授業が終わると・・満面の笑みで振り返ったカガリに「ありがとう!」と言われた。
「・・まったく、馬鹿の面倒は大変だよ。」
「な・・!そんな風に言わなくても・・」
いつものように怒り出すカガリが面白くて、笑っていると・・またもや隣のクラスから来たキラが話に割り込んできた。
「アスラン、教えるの嫌なら僕教えようか?」
「え?ホントか・・!」
「アスランほど賢くないけど、数学と理科なら教えられるよ。」
そう爽やかに笑うキラに、カガリは飛びついて「ありがとう!」と言う。
アスランはそれを見て、何だが釈然としない気持ちになっていた。
その日から、だった。
キラは毎時間アスランとカガリの元に来ては、"昨日の事なんだけど・・"とアスランには分からない話をカガリに振る。
それは勉強のとだったり、テレビ・雑誌のことだったり・・バスケの話だったり様々だが・・、アスランは徐々にやるせなさが拡大する。
そんな最中、席替えがあり・・カガリから少し離れた席になってしまった。
別にショックなワケじゃない。
ただ、手に届いていたはずのオモチャが遠くへ獲られた気分なのだ。
気持ち良いほどにボールの弾む音が響く体育館。
今日は男子と女子が反面ずつ使う日。
だからカガリが練習しているのが見える。
確かに・・女子にしてはスピードもテクニックも、カガリはずば抜けていた。
帰りがけ・・偶然にも下駄箱で出くわし、アスランはまた意地の悪い笑みを浮かべる。
「お馬鹿さん、勉強平気?」
アスハと居るのは楽しい。
アスハをオモチャなどとは言い切らないが、その感覚に似ているのが事実。
突けば怒る、助ければ笑う。
「平気だぞ!だってキラが教えてくれるんだ!」
そう、満面の笑みで言われ・・アスランはいつものように鼻で笑う。
「アスハさ、キラの迷惑とか考えないのか?」
「え・・?」
その言葉に・・あからさまにショックを受けた相手の顔に、アスランは軽く眉を顰めた。
キラに"協力して"と言われたことも忘れ、アスランはいつものようにカガリを罵声する。
「ホント馬鹿だな・・、それくらい考えろよ。」
そう冷たく言い、泣きそうになったカガリの横顔を見て見ぬ振りをして通り過ぎた。
「・・君、カガリに何か言ったでしょ?」
そういえば・・コイツ、いつから下の名前で呼ぶほどアスハと仲良くなったのだろう。
ぼんやりとそんな事を考えていると「聞いてる??」と睨まれる。
「・・別に。」
「嘘付け。」
「・・・・そう思うなら聞いてくるな。」
声のトーンが下がり、ピリピリとした感情がアスランの中で生まれていた。
「・・へぇ、やっぱり君・・」
何か確信を得たようにキラは笑う。
アスランはその笑い方に何故か苛立ち顔を背けた。
席が離れてから・・キラは俺の所ではなくアスハの所に行くようになっていた。
時々・・キラに絡むようにアスハと喋る機会は今まであったのだが・・、
その日から何故か
アスハは俺を避けるように、キラと教室から出ていくことが増えた。
「アスハ。」
唯一の機会は部活。
練習終了後に何かしら用事を付けて話しかける。
相手は目を合わせようとせず、アスランは何故か嫌な気分になっていた。
「アスハ、聞いてるのか?」
「・・・聞いてるさ。」
ぶっきらぼうに言われ、からかっている訳でもないのに不機嫌そうにするカガリにアスランは苛立ち、いつものように嫌みを言う。
「授業中もカガリは何も聞いてないもんな。」
鼻で笑うように言えば、必ずカガリは怒る。
そう知っての事だった。
なのに。
「そうだな。」
そう、カガリはあっさり認めたのだ。
それもまたしゃくに障り、アスランはならばと追加する。
「そうか、分かってるじゃないか。もう一回言うからちゃんと聞けよ。来年度のコートの分け振り、コーチが決めろって。お互いの状況も考慮に入れた上で。」
「・・・今のままで良いじゃないか。」
「・・女子は男子より試合数が少ないだろ?」
「それが何だよ。」
アスランがいわんとすることを察し、カガリはアスランを睨む。
カガリはバスケのことに関して言えば誰よりも熱心だ。だから、こう言えば必ず怒ると思った。
・・・思った通り。
また意地悪く笑うアスランを見て、カガリは眉間にしわを寄せた。
「・・事実だろ?」
「・・・っ。」
クシャリと顔を歪ませてから・・・ポタリと、琥珀色の目から涙が落ちた。
「・・・・・・・・・・、・・・何で泣くんだよ?」
これにはアスランも驚いて、手を伸ばす。
だが、その手はカガリに跳ねられてしまう。
「・・お前・・私以外の子が部長だったら・・っ・・同じ事・・言わなかっただろ・・・っ!」
涙を拭いつつ、睨むカガリにアスランはいつもの感覚が蘇り、からかうように「当たり前だ。」と答える。
だが・・その言葉を聞いた瞬間、カガリは「分かった。」と声を出した。
「・・・・私、バスケ部やめる。」
「・・何馬鹿な事・・。」
「だって、お前私が居るから・・そう言うこと言うんだろ?」
その通りだ、けど・・
「私が辞めれば済む話なんだろ?!」
そんな言葉を期待していた訳じゃない。
そう大声で叫んで、カガリは体育館を走って出ていく。
泣かせるつもりはなかった。
あそこまで・・怒らせるつもりもなかった。
ただ、前のように・・じゃれるように怒って欲しかっただけだった。
その場の空気からか追いかけることも出来ず、アスランは下駄箱に向かう。
そこから微かに聞こえた泣き声にアスランは近付こうと耳を澄ませ、門から逆のグランドに出た。
アスハだ。
そう思った時だった
「・・泣かないで、カガリ。」
キラ・・の声。
「・・だ・・、だって・・アイツ・・っ・・!ザラ・・・酷い・・っ。」
息を殺すように、でも、とても辛そうな涙声でカガリはキラに訴える。
「私が嫌いなら・・私だけにすればいいのに・・っ!何で部活まで巻き込むんだっ!!」
「カガリ・・」
「ザラなんか、キライだ・・っ!!大嫌い!!・・嫌い・・っ!!」
それを聞いた瞬間、アスランはキラとカガリが居る方向と逆の門に向かって走り出す。
学校から十分離れた場所で立ち止まり、五月蝿く鳴る心臓を掴んだ。
『嫌い』って言われただけじゃないか。
元から好かれているつもりもなかっただろう?
ただ、俺は欠片も嫌いではなくて、
寧ろ一緒に居るのが楽しかった。
『ザラなんか嫌い。』
「・・・・・。」
俺は嫌いなんかじゃないのに。
翌日、朝練に居るはずのカガリが居ない。
昨日の騒動を少し知っている者はアスランを気に掛けていた。
品行方正な振る舞いが幸を制したのか、お前が悪いと行ってくる人間は一人も居ない。
それが何故か悲しかった。
朝練が終わり廊下を歩いていると、待ち伏せたように柱の影から出てきたキラと会う。
キラは幼い子供が悪戯に成功したときのように笑っていた。
「・・昨日ね、カガリ凄く泣いてたんだよ?」
「・・・・、お前が慰めてたんだろう?・・良かったな。好きな子に頼られて。」
素っ気なく言うと、キラは「君はカガリに謝ろうと思わないの?」と聞いてくる。
それを聞いて黙っているとキラは「あーあ」と声に出す。
「いくら嫌いだからって、あそこまで虐めることないのに。」
そのキラの言葉に、アスランは目を見張る。
カガリに誤解されるようなことはあっても、キラには前々から「アスハと居るのは楽しい」と言っていたはずだ。
「せっかく僕"アスランはカガリのこと嫌いだから近づかないようにね"って言っておいたのに。」
え・・・?
「-------・・、そんな事・・言ったのか・・・・・!?」
お前は・・知ってるじゃないか!
「うん。だって、カガリ嫌がってたじゃないか。君と話すの。だから手っ取り早くそう思わせた方が良いと思ったんだよ。」
何処までも悪気がないようなキラに、アスランは思わず胸ぐらを掴んだ。
キラは黙ってその手を掴む。
「・・何怒ってるの?・・カガリに"嫌い"って誤解されたくなかったんだ?」
そう言われ・・アスランはキラの服を離し、突き飛ばした。
そうしなければ殴ってしまいそうだったから。
「・・キラっ!」
丁度その時だった。
彼女が角から出てきて、キラを支える。
彼女は俺を"敵"だとでも言うように睨んでいた。
「大丈夫か??キラ・・!」
「大丈夫だよ、カガリ。」
倒れた体を起こしながらキラは笑い、アスランを見据える。
アスランはその場から逃げたいと思った。
「カガリ、アスランね君に言いたいことあるんだって。・・聞いてあげてよ。」
「え・・・?」
キラの言葉に恐れるように引いたカガリにアスランは再びショックを受けつつも逃げようとする足を止める。
キラに対して殴ってやりたい気持ちがあったが、それよりもカガリと話して誤解を解きたいと思った。
バスケ部のことも、あんなに言うつもりはなかったのだ。
「・・でも・・キラ・・」
一緒に・・と請うように言うカガリにキラは優しく笑い肩を押す。
カガリは心許なさそうにアスランの所に来て、アスランは人の少ない場所へとカガリを連れて行った。
「・・な、何だよ。」
会議室前。委員会の集まりでもない限り来ない場所に来て、カガリは殴られるのではないだろうかと警戒心を抱く。
キラから「アスラン、カガリのこと嫌いみたい。」と言われてから、カガリはアスランとは極力関わらないようにしていた。
だが・・よくよく考えれば、嫌いでなかったらあんな意地悪なことしないだろう。
勝手にだが・・私はザラと喧嘩仲間のような、一種の友情があると思っていたのだ。
でも・・当たり前だが、友達と思っている人間にあそこまでの事は言わないだろう。
そう思ったら、ザラと関わるのが恐くなってしまった。
「昨日の話、だが・・」
こんな機械的内容しか糸口を見つけられない自分がアスランは嫌だった。
毎度カガリに話しかけられる内容がテストだけだったように。
「・・あれは、冗談だから・・」
それでも謝らなければとアスランは口を動かす。
アスランのいつもとは違う物言いに、カガリは「本当か?」と神妙に訪ねた。
「ああ。」
やっと目を見て言うと・・カガリの顔が驚きと嬉しさに溢れるのが分かる。
「・・良かったっ!」
本当に嬉しそうに笑うカガリに、アスランは気が付かぬ内に頬を染めていた。
カガリは一頻り喜ぶと、「じゃあ・・」と、余所余所しい態度に戻り、背中を向け走り出そうとする。
「アスハ・・!俺・・」
伝えなくては、とアスランは声を上げる。
カガリは驚いたように此方を振り返った。
「アスハのこと・・嫌いじゃない・・からな。」
「え?」とカガリが首を傾げ、アスランは弁明するように言う。
「・・あんな・・態度だから、誤解されても仕方ないけど・・、お前のこと嫌いなんて思ったこと・・ないんだ。」
「じゃあ・・なんでいつも・・!」
喜んでいるのか困惑しているのか分からない表情で聞かれ、アスランはばつが悪そうに答える。
「アスハ・・からかうと・・面白いから・・つい。」
「だからって・・あんなにいつもからかうこと・・!」
「これからは・・気を付ける。」
・・・・・ごめん。
そう、素直に声に出すと、カガリは嬉しそうに微笑んだ。
「・・・良かった・・私、ザラに嫌われてるって・・、だから意地悪されるんだって・・思ってたんだ。」
そう言って・・カガリは嬉しそうに笑う。
その笑顔に・・アスランは自分の心臓が大きく鳴ったのが分かった。