「私もうアスランと分かれるっ!」
そうこの部屋に響いたのが数度目であるから、ラクスは小さく溜息を付いてしまった。
つり合いの法則
「今日はどうしましたの?」
このカップルは今一上手くいっているのか行っていないのか分からない。
アスランは誰に対しても平等に優しいし、カガリはラクスと二人きりの時口を開けば「分かれる」の一点張りだ。
「もう自信ない・・。」
ラクスの部屋のソファーとお揃いのクッションを抱きしめながらカガリは項垂れる。
これが日常茶飯事だといい加減分かれろと言ってやりたいが、ラクスはカガリが止めて欲しいこと知っているから黙っていた。
「アイツ、持てるんだもん・・。」
そう、確かにアスランは持てる。
そして質の悪いことに・・。
「今日はミーアが、昨日はメイリンが引っ付いてた・・しかも!アスラン、メイリンの腰に手回して廊下歩いてるんだぞ・・・!」
信じられん!とカガリは抱きしめていたクッションをギタギタにしようとする。
ラクスはそれをやんわり止め、またかと溜息を付いた。
そう、カガリの彼アスラン・ザラは、ジェントルマン故か・・悪気なく日常的に女子をエスコートする体質のようなのだ。
「ねーアスラン、さっさとカガリと分かれてよね。」
「・・キラまで、止めろよ。この頃ラクスにも言われるぞ、それ。」
当たり前じゃない、僕もラクスもカガリの相談聞いてるんだから・・とキラは心で思う。
「だって、カガリが不憫だよ。いっつも君に困らされて。」
「そうか?俺もいつもカガリに振り回されてるぞ?」
アスランとカガリの振り回すは質が違う気がする・・・と言うのをあえて止める。
「たとえば?」
「そうだな・・、まずスカートが短くていつも冷や冷やするし、上目使いは可愛いし・・唇は艶やかだし・・」
さっそく惚気だしたアスランに、キラは溜息を付く。
「笑顔なんて輝きすぎて、もう直視できないくらい可愛い・・」
既にキモスランの領域に入りだした親友に、キラは「でもカガリは君と別れたがってるよ。」と冷静に突っ込む。
「え・・・?」
「ほーんと、カガリが不憫。」
そう言ったキラの言葉に、アスランは蒼白になっていた。
「次誰かと付き合うなら、絶対アスランみたいに持てるヤツじゃないのがいいなー・・。」
そう、カガリは別にアスランが女子に人気だったら、その女子達と同じような所を見て彼を好きになったわけではない。
ラクスもキラも、それを知っていたから、寧ろ何故彼をカガリが選んだかの方が不思議だ。
結論から言うと、アスランもカガリが非常にタイプというか、まぁ要するに両想いだったから今付き合ってる訳なのだが・・。
「アイツを疑いたい訳じゃない、疑って何てない。でも辛い。恋愛って苦しいんだな・・。」
そんな事ありませんのに、とラクスは思う。
自分はキラと居るとき幸せだし、彼もそうだと思う。
「ううん・・、違う私が欲張りなんだ。」
そうやってカガリはいつも心に蓋をする。
「私は醜いなぁ・・。嫉妬ばかりする自分が嫌だ。」
「自信を持って下さいな、あなたがアスランを選んだように、アスランもまたあなたを選んだんですのよ?」
「うん・・。」
いつもごめん、とカガリは呟く。
アスランは誰にでも優しくて、いつも他の女の子と一緒にいると、彼は私でなくてもいいんだと思ってしまう。
彼に言い寄る女の子は、みんな自分に自信があるようで、可愛らしく着飾り薄く化粧をして彼の隣りに立つ。
化粧っけのないカガリはそれだけでも何だか自分が惨めに思えてくるし、それに実際アスランに言い寄るだけ合ってレベルも高い。
そうなってくると、自分はいつ見限られるのかと、恐くなる。
相変わらず暗いカガリに、ラクスはまた小さく溜息を付いた。
アスランと付き合うまではこんなことなかったのに。
いつもニコニコとして、男気が溢れて(これは今も健在だが)、少なくともこんな頻繁に悩む女の子ではなかった。
恋は人を変えると言うけど、カガリの変わり方は良い変わり方ではないとラクスは思っていた。
「こうなったら、カガリさん!おしゃれしますわよ!!」
「へ?」
土曜に映画にいく予定があり・・それに合わせてラクスは洋服や小道具を調達してきた。
「・・・。」
「さぁ、これで平気ですわ!」
いつもアスランの隣りにいる女の子のようだとカガリは思った。
いや、アスランは私の外見を好きになってくれたのではなくて、中身を好きになってくれたことは知ってる、分かってる。
私も、そうだったから。
でも・・中身だけじゃなくて、外見も良すぎたアスランに、カガリは付き合う日が経つに連れ自分自身の外見に物足りなさを感じていた。
「どうですか?」
「ありがとう・・ラクス。」
いつもよりずっと大人らしく見える顔。
服も、キラと今まで共用してるような中性的なものではなく、女の子らしい短いパンツ。
上もラクスがよく見る雑誌の今年の流行らしい、肩の出るふんわりとしたものだった。
これなら・・アスランの隣りに立っても、見劣らないかもしれない・・。
「行ってくるな!」
アスランと付き合い始めてからは陰っていたカガリの顔に、やっと本来の活発な笑みが戻っていた。
「アスラン!悪い!」
「あ、いや。そんな待ってないから。」
チラチラと出ている足や、肩に人の視線を感じる。
ラクスの力は偉大だ!とカガリは何だか親友が誇らしく思えていた。
こんな私でもラクスの手に掛かれば、ちゃんと見られる姿になるんだなーと嬉しく思う。
可愛い・・!
今にも抱きしめたいくらい可愛い。
いや、いつも抱きしめたいのだが・・。
デートを意識してか、淡く化粧もしてあるようだし・・。
いや、それだけじゃない。今日のカガリはいつもより何だか幸せそうだった。
それが笑い方から伝わってきて、いつもカガリといるだけで幸せなのだが、いつも以上に幸せを感じる。
が、不意にキラの言葉を思い出す。
「別れたがってる」
巫山戯ていったのか、カガリが本当に言っていたのか、分からないが・・。
俺はカガリが自分の彼女になってくれたことが奇跡のようなもので・・。
彼女に終わりを告げられるまで傍にいたいと思っている。
だけど、
キラが言った言葉が本当に君が思ってることだったら。
もし、今の君の薄い化粧を始め、着飾った服や・・
・・・・・・・・そのいつも以上に幸せそうな笑顔が、ほかのヤツのために、
他のヤツを想って、なったとしたら・・。
「今日は楽しかったな!」
いつになく、自信満々でアスランの隣を歩けることが、カガリは嬉しかった。
そうアスランを見上げると、アスランは少し遠目に「ああ・・」と声を返す。
格好に・・浮かれすぎていて、カガリはその瞬間にハッと今日一日を振り返る。
アスランは、今日楽しそうだったか・・・?
私一人、楽しんでた・・?
映画、楽しかったし・・アスランも笑ってたし・・。
他に、別に普段と変わったことは・・。
「・・・・・、もしかして、アスランこういうの嫌いだったか?」
折角着飾っても、それは自己満足なんだ、とカガリは気が付く。
「良く似合ってるよ。」
そんな事言っても、目で分かる。
せっかく自分なりに綺麗になったつもりだったのにと、カガリは悄げた。
その顔に気付いたアスランは急いで「また着てきてくれ」とフォローを入れるが、
既に遅かったようだ。
どんなに着飾ったところで、私と違って元から可愛らしいオーラを持つミーアやメイリンには叶わないのかも知れない。
そうぼんやり思って、カガリは溜息を付いてしまう。
遠くを見だしたカガリに、アスランは途端に焦っていた。
カガリはやはりというか、なんというか、他の女子と違って俺の本音を見極めてしまうから。
いや、そこもまた好きなんだが・・。
ともかく、今のは失態だと思う。
わたわたとしていると、カガリは「お前、おしゃれとか興味なさそうだもんなー。」と笑いながら言われた。
その通り、アスランはお洒落などにはあまり興味がない。
・・・。
「カガリが・・お洒落したのは、俺のため?」
「え・・、うん。」
ちょっと照れたが、アスランはカガリを視界に入れないようにして話していたのでそれに気が付かない。
「・・・なら、とても可愛いけど、良いよ。・・お洒落は。」
これが本音だった。
おしゃれなんてしなくていい。
君は十分魅力的なんだ。
それに、可愛い格好のカガリを見ている周りの男の視線もアスランはイヤだった。
カガリは俺だけが見てればいいと思う。
そして、もしも、万が一。
他の誰かのためだったりしたら、イヤだから。
「・・・、そっか。」
「うん。」
そしてその夜、キラから怒鳴り声で電話が掛かってきた。
「もう駄目!君全然駄目!駄目男!」
「何だよ突然・・・。」
耳鳴りが後に響くような怒鳴り声に、アスランもご立腹だ。
ただでさえ、カガリのことが気になって、考え事をしている最中だったのに・・。
「もう君別れて!カガリとわかれて!!!!」
「・・・カガリが別れたいって言ったのか?」
「もう!だからそんなの前々からずぅぅぅぅぅぅぅぅっと言ってるんだから!!!」
その言葉に、アスランは腹に鉛の固まりが落ちたような感覚に陥る。
「君と付き合ってから、君は幸せモードだけど、カガリはずっと辛そう!君が朴念仁だから、君が悪い!僕は常にカガリの味方だから!」
言葉も出ないアスランにキラは追い打ちをかける。
「何でカガリが辛いのに気が付かないの!?もう彼氏面しないでよね!!」
そう一方的に電話を切られ、アスランはその場に座り込んでいた。
朝からミーアに捕まり、いつものようにアスランは自分の腕を掴まれながら学校へ向かう。
途中メイリンにも会って、またいつものように歩いていた。
が、アスランの脳内はもはやメイリンやミーアに構っている暇はない。
カガリに酷いことを昨日は言ってしまったかもしれない。
それは謝らなければとおもう、けど。
前々から慢性的に、カガリに嫌われるようなことをしていたとしたら・・。
---お終いになってしまうんじゃないかと。
本当に、別れられてしまったらと思うと、アスランは身の毛がよだっていた。
「あれー、アスラン君、今日も両手に花ですか?」
わざとらしく敬語を使うキラに、アスランはガンを飛ばす。
「お前のせいで俺は夜も眠れなかった。」
「僕のせい?自分が悪い癖に。」
そう言って、キラはアスランの左右にいる女の子を見る。
「あーあ、もう、カガリもさっさとアスランなんかふっちゃえばいいのに。」
そうハッキリと言われアスランは更にショックを受けた。
なぜならキラから少し離れた場所に、カガリがラクスと話していたから。
そう、キラが言った瞬間、カガリとアスランは目が合っていた。
なのに、カガリはキラのセリフを聞いても何も反応せず、アスランから目をそらしたのだ。
メイリンとミーアはカガリの存在に気が付かないのか、気付いているのか分からないが、巫山戯ながら(本人達は本気である)そうなったら自分が立候補します!とその体をピッタリとアスランに付けていた。
アスランは、声を出せず、カガリが否定してくれるのを待つしかないと思った。
だが、カガリは何もなかったようにラクスと行ってしまった。
・・・嘘だろ・・・。
目の前が真っ白になった。
気が付いたのは保健室で、時計を見ると一限目が終わろうとしていた。
起きなければと思うのだが、起きる気にならない。
目を瞑って、先ほどのことを思い出す。
きっと、カガリはキラの言った言葉が聞こえてなかったんだ。
そうに違いない・・・。
一限目終了のチャイムが鳴る。
それと同時に廊下で、メイリンとミーアの話す声が聞こえた。
ああ、カガリは来てくれないのか。
そう思うと何だか悲しくなってくる。
「でも、不思議よね。カガリ先輩って私達のこと嫉妬してないみたいじゃない?」
「内心嫉妬してるとか?」
「キラ先輩が言うみたいに、アスランさんに興味ないのかもね。」
「え?!嘘だ〜!私だったらあんな素敵な彼氏がいたら・・」
「手に入ったら・・ってヤツかもよ?」
「そんな人かなー?カガリ先輩。」
「わかんない。でも、私だったら無理だなぁ。彼氏に私みたいな取り巻きが居たら。」
「あー確かに。」
そう聞こえガラリと入ってくる。
アスランは狸寝入りと決め込み、布団を頭まで被った。
二限目にあの二人が居なくなってからまたガラリと扉が開く。
保険医でも来たかな?と思っているとカーテンの開く音がして、自分に用があるらしいと気が付いたが、面倒なのでまた寝たふりでやり過ごそうとした。
足音が近付いて、自分の横で止まる。
サラリと、髪を撫でた指が頬で止まり、唇に柔らかい感触がした。
カガリだと、アスランは分かっていた。
キス自体数えるほどもしてない・・しかもカガリからなんて初めてでアスランは頬が染まりそうになるがばれないように寝返りを打つ。
「・・もう・・疲れたよ、アスラン・・。」
え?
「アスランと、居るの、もう・・疲れた。」
語尾が揺れる、カガリの低い声に、その後しゃくり上げた音に、アスランは起きあがっていた。
「・・・別れる・・って、事?」
カガリは、俺が起きていたことに驚いたようだったけど、数秒もしない内に頷いた。
俺は驚きで、目が丸くなるばかりで、
カガリは黙って泣いていて。
キラの「ずっと別れたがっている」の言葉が、やっと現実として受け止められた気がした。
ああ、私がアスランを振るなんて・・。
そうカガリは泣きながら思う。
どう考えても逆だ。それに、私の我が儘が悪いのが分かり切っていて。
キラは「アスランが悪い」と言うけど、全然そんなことなくて。
メイリンやミーアに対して余裕がない、アスランの彼女としてやっていけないと感じている私自身が悪いんだと・・。
カガリが本当に別れたがっているなら、止めちゃ駄目だと、心が言う。
今まで付き合っていた間だ、俺は君に幸せを貰うばかりで・・。
君は辛かったなんて、気が付かなかった。
何が悪い?・・謝れば、やり直せる?
駄目だ、これ以上カガリに辛い思いをさせては。
最後くらいカガリに、嫌ない思いをさせないようにして・・
「そう・・、か・・じゃあ・・・・・」
・・今までありがとうと、言いたいのに声が出なかった。
俺は好きなんだと、言いたくて、言いたくて、たまらなかった。
背中を見せて走り出したカガリをアスランは追いかけていた。
「・・・っ・・」
がばっと後ろから抱きしめられて、カガリは大きく目を開く。
視界は既に滲みすぎてよく分からないが、暖かさが匂いが、アスランだと教えてくれる。
「・・・ごめん・・。」
「あ・・あやまるな。私が・・悪・・」
「ううん・・違う。・・やっぱり別れられない。」
そう言って、カガリの髪に口づけ、シャンプーとリンスの匂いを嗅ぐ。
カガリは抱きしめられているだけで心臓が出ていきそうなのに、そんな事をされては固まるしかなかった。
「ごめん、カガリ・・・好きだ。」
そう言って、無意識に、カガリのうなじにキスをしてそのまま吸い付く。
「・・・っ」
小さな痛みと、柔らかな唇の感触にカガリは顔が赤くなるのが分かった。
「あ、アスラ・・」
「嫌だ。」
別れるなんて、言わないで。
「・・ごめん、-------ごめん・・。」
謝りながらもアスランの手は、カガリを捕らえたまま離さない。
「好きだ。カガリ。」
「・・・ッ・・」
アスランが、苦しそうに、でも愛しそうに声を出してくれているのが分かる。
カガリは何でこんなに想われているのに・・、それでも、まだ欲しいと思ってしまっていた、自分が情けなかった。
でも、それも・・アスランへの愛なのだと、そう思うと報われる気がした。
「好きだ・・、好きだよ・・・。アスラン・・。」
お腹に巻き付いたアスランの腕に、カガリは自分の手を沿え優しく掴み緩める。
アスランの方へ向き、その肩に顔を埋めた。
「好きだから、辛かったんだ。好きすぎて・・。ごめんな・・。」
傷つけてしまって。
「・・・・カガリが悪いんじゃないだろう?・・俺が何かしてたんだろう・・?キラが言ってた。」
アスランの優しい声に、カガリは鼻を啜りながら、素直に言う。
「アスランには・・いつも綺麗な女の子がいるから・・。」
その言葉に、アスランはキョトンとし少し考えてから答える。
「カガリのことか?」
「・・・何でそうなった?」
「いや、俺の傍にいる綺麗な女の子はカガリだけだろ・・?」
本当に分からないようで・・いや、だからこそカガリも悪気がなさすぎて悩んだのだが・・
「ミーアとか・・」
「ああ、彼女たちか。・・そんないっつも傍にいたかな・・・・」
「いる!いっつもアスランの腕に・・!この間、アスラン・・メイリンの腰に手回してたじゃないか!一度や二度じゃないんだぞ・・!」
そう、悲しそうに声を上げたカガリに、アスランは「そうだったか・・」と回想しながら思う。
正直なところ、カガリ以外の女子と話しているとき、記憶が飛ぶ。
まず・・興味がないし・・・。大抵カガリの事で頭がいっぱいだ。
「ごめん、いつも他の女子と居るときカガリのことしか考えてないから・・」
「・・っ!」
「これからは注意する。ごめんな・・。」
そう言って頭を撫でると、カガリは「子供扱いするなっ!」といつもの照れ隠しの調子に戻る。
それがまた可愛くてアスランはカガリの肩に手を回し歩き出した。
「好きだよ、カガリ。」
「・・・私もだぞ。」