「かが・・りッ?・・・・・・・・カガリじゃないか!!?」
そう・・・大声を上げたのは、ほんの一ヶ月前だった。
「・・貴様ッ・・今日も稽古の早引きを・・・」
そう同僚・・といえど隊が違うイザークに怒られて、アスランは少し黙って大天使の門を後にする。
稽古の練習量なら・・アスランに勝るものは少ないと皆知っているのでイザーク以外は何も言っては来ない。
大天使とは・・アスランが勤めるいわば治安維持団体で、活動のジャンルは幅広いが、アスラン達は特に街の警備に出向くことが多い。
実際・・・刀の実力だってそれに伴っているし、年を取ればどうあがいたって体力のいるこの部門には入れないからだ。
夏真っ盛り、世間では蝉と・・そして心地よい風鈴の音が鳴り響くとき、・・・・再会をした。
----------------君と。
「カガリっ」
「あ!アスラン!!」
ただ唯一・・・・愛している、その・・自分より少しばかり年下の少女。
カランカランと下駄を鳴らし駆けてくるその姿は・・・十四と言えど、何処か大人に見える。
「今日は・・何処行く?南通り・・、まだ、行ってないよな?」
「あー・・、私南通好きじゃないんだよなぁ・・・なんか騒がしいし・・・」
「仕方ない、遊廓があるからな・・あそこは。」
だが・・その分栄えているのも事実で、実際カガリが好きそうな餡蜜や団子のお店は沢山ある。
それに・・遊廓・・・・野禽という名なのだが、そこにだって大きな門をくぐらなければ入ったり出来ない。
二人でああだこうだ考えながら、結局寺子屋の縁側に座り二人でただどうでも良いことを話していた。
ここの住職・・いや、住職は今寝込んでいるのだが、その息子・・・ムウはアスランの上司でもある。
だからこうしていても全く怒られることはない。
少し話して・・アスランは、なんでカガリは・・・・こんな自分と一緒にいてくれるのだろうと、また良くない方へ考えが進んでいた。
仕事で・・毎日、二時間ほどしか会えない。休みの日だって・・・・どこかに連れて行ってやれるような器量はない。
カガリは・・まぁ出会った頃からだから・・・女の子らしいところは好きじゃないし、どこへ行きたいのかも・・よく、分からない現状だった。
「・・・すまないな・・いつも、気の利いたこと・・出来なくて。」
----------けど、それでも・・こうやって、自分の隣りに座ってくれるカガリが・・・やっぱり愛しくて、堪らないのも事実で・・・。
「なに言ってるんだよアスラン!---私は別に・・元から何処かへ行きたい訳じゃないんだから。」
馬鹿だなと苦笑してから・・・カガリは自分からアスランに腕を絡めてくれていて、ほんのりと・・お互いの頬が紅く染まるのが分かる。
丁度・・・これからくる、紅葉のようだと・・アスランは頬をゆるませて、カガリも微笑んでくれた。
「・・・カガリは・・本当に行きたいところ・・ないのか?」
「・・ないって言ったら・・嘘になるけど・・」
「何処だ?・・・俺が連れていけるところなら・・・」
そう言うと・・カガリは「気を遣うな」と言ってから・・考え込むようにアスランの服に頭を押しつける。
まだ秋の入り始めで・・・薄い着物のせいか・・カガリの呼吸が布越しに肌に当たり、アスランはまた少し嬉しくなっていた。
「・・・やっぱり・・ここ・・かな?---私が来たいと思うところは。」
此処・・・?
「寺子屋か・・?---そうだな、ここは高台で夕日も綺麗だし・・・」
何より・・昔此処で二人で遊んでたから・・・・。
「違うッ・・・!!・・・まぁ・・そりゃ、この寺子屋も・・・好きだけど、アスランとの思い出でいっぱいだし・・・でも・・・」
「?」
カガリの言葉の意味を察するまで・・暫く考えて、不意に出た答えに・・・顔が熱くなる。
その顔を見たのか・・カガリも赤くなっていて、思わず横からアスランはカガリを抱きしめていた。
「・・・俺も・・ここが一番・・・だ。」
「・・・ん・・私も。」
ああ・・もう、何でこんなに可愛いのだろう。
遠回しに・・・・アスランの所に来たい・・なんて、本当に可愛すぎる。それに・・愛しすぎる。
薄暗く成りつつある空を見て・・もういっそ二人でこのまま闇に飲まれたいと思うほどだった。
「・・目・・閉じて。」
「・・なん・・・・・・あ、・・うん。」
アスランのしようとしたことを察し、キラキラと光る琥珀石のような瞳を瞼で覆う。
暗がりでも・・はっきりと分かる、紅色の口に・・指先で触れてから、自分の唇を落とした。
触れるだけの口づけ。でも・・まだ、子供のカガリに・・・無理強いするつもりなんて全然ない。
し終えると・・・・カガリは真っ赤なまま唇を押さえて、目をそらし・・・その仕草の可愛さに、アスランは赤く染まる頬にも口づけをしていた。
「・・・・・アスラン・・、お前・・よく・・口づけなんて出来るよな・・・恥ずかしくないのか?」
「・・恥ずかしいけど・・・カガリだから・・好きな人に口づけしたいって思うのは・・・本当の事だから・・」
「・・ありがとう・・・」
気持ちを素直に伝えると、カガリはまだ恥ずかしいのか唇を少しとがらせて礼を言う。
でも・・アスランからしてみれば、礼を言いたいのは自分で・・・信じられないほど、カガリに救われていると・・思うから。
そう思っていると・・チラリと目が合い、アスランの肩にカガリの手が乗り少し背伸びをするような形で顎を上げ・・ゆっくりとカガリの唇が頬に降ってきていた。
「・・・・お、お返しだっ」
「・・・---------・・カガリ・・」
真っ赤になるカガリに・・アスランまでも恥ずかしく思えてきて・・・アスランはカガリを手を取り立ち上がる。
もう・・時間だ。-----カガリと過ごすのは・・何でこんなに短く感じるんだろう。
「・・いつも言うが・・・送らなくて良いのか?」
「ああ・・全然、---一人で帰れる。」
いつも・・暗くなっているのに、カガリは一人で帰るという。前・・アスランも流石に怒って、女の子なんだからと怒鳴ったことがあったが・・
カガリはその言葉を聞いて、酷く機嫌を損ね・・・一生口を利いて貰えないかと思うぐらいで。
だからその時はアスランも仕方なく折れて・・秋分が過ぎたら、絶対送るからなと条件を付ける。
「・・・明日は・・休み、だから----・・いつもの橋で・・昼頃から一緒にいないか?」
「・・うん、じゃあ正午に行くな。」
「ああ。」
そう言って・・・・アスランはカガリに背を向けて、歩き出し・・・・それをカガリは縋るような目で見ていた。
アスランが・・見えなくなった頃、カガリはようやく自分の帰る道へと身体を進める。
南の方へ。
カタカタと下駄をならして・・・少ししめった風が心地よいと感じながら、自分のいるべき場所へと歩く。
暫く歩いて・・・・大きな大きな門に、出くわし・・そこに何のためらいもなく入っていた。
「ただいま・・」
裏口からはいると、スパンと先輩のフレイに頭を叩かれる。
「遅いッ!!!まったく・・もう客の出入りまで時間がないでしょうが!!次遅れたら本当に外出させないわよ!!」
そう・・怒鳴り散らす、フレイとは裏腹に・・マリューさんは優しく微笑んで
「・・お帰りなさい、カガリ・・・。ステラとメイリンが呼んでるから・・・いってやってね。」
「ああ!」
そう言い・・・カガリは二人のいる部屋へと、足を運ばせる。
カガリは・・まだ、見習いの見習い・・・もうすぐ、それも---------終わるけど。
「おかえりなさいな、カガリ」
「ただいま!ラクス・・・メイリンも、ステラも!」
そう言うと・・・キョトンと瞳を覗かせたのはステラで、紅色の瞳をこちらに光らせて駆け寄ってくる。
メイリンも・・その後から続くように走ってきていた。
「ステラ・・カガリ、まってた・・-----おそくて・・でも、まってた・・泣いてない。--偉い?」
ステラは本当にカガリっ子で、・・・・髪の色が似ているせいか、それとも・・幼いときからカガリが面倒を見ていたせいか、本当の姉妹だと思いこんでいるようだった。
「偉い偉いッ!メイリンも・・・あ、その簪、可愛いな!」
「今日ラクスさんと買ったんです!!似合います?」
「ああ、ラクスのと少し似てるな!」
ステラはまだ九、メイリンは・・十一。カガリ達よりも年下で・・ラクスは同じ年だった。
「もうじき・・本格的にお稽古やら何やらが始まっては・・・・こうやってメイリンとステラと遊べなくなってしまうでしょう?ですから・・今の内に。」
「・・そう・・だな。」
もう・・少しすれば、カガリとラクスは・・・振袖新造と呼ばれる、いわば遊女の雛として扱われはじめる。
だが・・その、基本的な事柄は・・すでに禿の時代に習っていた。
中でも・・・カガリとラクスは、特別・・引込禿とよばれる・・いわば遊女の中でも上位に入れる者として扱われている。
「ですが・・いいのでしょうか?---・・カガリは私より少し誕生日が遅いでしょう?ですから・・少し遅れてからはじめれば・・」
「いや・・いいよ、どうせ稽古受けるなら・・・ラクスとがいいし。」
誕生日から・・約半年前、その時から・・徐々に、引込禿から・・振袖新造へのいわば試験のようなものがあるのだ。
それに、特別である二人には・・当然、その試験のハードルも高い。
「・・かがり・・らくす・・・すてら達と遊べなくなる?・・・・いや・・。」
「大丈夫!少し・・時間は減っちゃうかもしれないけど・・・大丈夫だって!」
「でも、やっぱり寂しいですよ・・・カガリさんとラクスさんが、振袖新造なんて・・・・」
しゅんとしたメイリンにラクスとカガリは微笑みかけて・・・、大丈夫だからと頭を撫でてやる。
この・・遊廓のほぼ中央にある店、「永遠」と呼ばれる遊女屋で働く、このメンバーは・・いわば第二の家族。
みな・・親に捨てられたり、亡くなったりした女達の集まりだった。
遊女屋・・ではあるが、実際この遊廓の野禽では、性行為が禁止されているので・・まだ、安心である。
まぁ・・・・・・一部、例外はあるらしいが。
「さて、私達はもう寝ましょう?」
「そうだな、ステラとメイリンも・・四人で風呂入って、寝ようか。」
そう話し・・・メイリンとステラを寝かしつけてから、ラクスとカガリは化粧を軽くして、タリアとマリューのお付きに入る。
タリアと・・マリューはもう名の通った花魁で、・・・この店のトップだった。
「・・フレイは今日、予定がないはずだから・・もう外れて寝て良いわよ。」
フレイは・・まだ、花魁に成り立てで・・でもその艶やかな容姿から、早くも客への売れ込みは良好である。
「あと、他の遊女達の纏め・・宜しくね?」
そうタリアとマリューに言われ「ええ」とフレイも答えて・・・・後ろに引いていくのを、カガリとラクスは見ていた。
二歳・・年上のフレイ。------------フレイは・・良かったのだろうか、本当に・・。
そう思うのだが、どうせあらがえない運命なのだと・・・割り切るしかないと、思う。
ギリッと唇を噛んで、カガリはマリューへとついて、ラクスはタリアに付き・・それぞれ別の部屋に入っていった。
そして・・パッと見た人は、マリューとの顔なじみ・・それも、とてもいい人で・・カガリも少し明るい笑顔を落とす。
「・・や!----また・・きちゃった。」
「・・ムウ・・」
マリューも他の客には見せないほどの笑顔で出迎えて・・・・・カガリ自身心が温かくなるのを感じる。
此処にいても・・こう、まともな恋愛が出来るのだ。---そう・・思えるだけで、少し嬉しい。
「よ!嬢ちゃん!・・・君も大変だな〜・・けどま、マリューと一緒にいられるなら・・羨ましいけど。」
「・・オッサンだって・・・この頃本当にちょくちょく来てる癖に、・・・で?注文は?」
「うーん・・・永遠の酒!!なんてな!」
永遠というのは・・この店の名前で、この店だけの酒の銘柄があるのも事実だった。
「わかった・・・---あ、どうでもいいけど・・マリューさんに無理させるなよッ!!」
そう念押しをして、カガリは酒を取り・・襖を少しだけ開けて、お猪口とお酒を出し・・後へと戻っていく。
「・・に、してもだ。あんな小さい子・・・も、か。何だか少し可哀想な気がするな。」
「確かにね・・でも、こればっかりは仕方ない事よ。---それに、こんな中でも・・確かに、沢山の幸せがあると・・私は思う・・。」
「・・そうかねぇ・・好きでもない男に、お継ぎして・・舞って、弾いて・・・」
そう・・言った相手に、マリューはクスリと微笑んで
「あら?それは・・ヤキモチかしら?」
「・・・・・人が悪いよな・・あんたも。」
「・・イヤな人もいるけど・・ほら、逆に・・こっちが嬉しくなる人だって・・ね?・・・いて・・くれたのは、事実よ?」
そうして嬉しそうに微笑んだマリューに・・ムウも笑みをこぼして抱き寄せる。
「もう少し・・もう少しで・・・---貴方の所に・・いくから・・・」
そう・・・泣きそうな声で言われた言葉に、ムウは笑い
「・・ああ・・・・待ってる・・・本当は迎えに行けたら良かったんだが・・・」
と照れ笑いして、唇を合わせた。