一日早く帰還した彼らを、残り三人は心配な気持ちで見守っていた。
まず第一に、ユラがまた・・女を拾ってきた。
第二に・・アスランの顔がまるで死んだように暗い・・そして不機嫌だ。
そして・・それ以上に・・。
ユラがアスランを見ようともしない。
「どうしたの・・?ユラ。」
そう声をかけるとカガリは悔しそうに顔を歪めて、部屋に通してくれた。
「・・・あれ・・君は・・。」
そこで紅茶を入れてきてくれた茶色い硬質なストレートの髪を持つ女性に話しかける。
「・・・・カガリ様から話は聞きました。弟さんだそうで・・、キラ様。」
「あ・・え?カガリ---どういう事?この子・・」
「オーブ軍の養成所にいた子だ・・アビリティ・ストーンも使える。」
そう聞いて、キラは思い出したように目の前にあるあの疑問風景を問う。
「アスランと・・どうしたの?・・・喧嘩・・・・?」
「だって・・アイツ・・・-------」
そうしてカガリの口から出される言葉を聞いて、キラは深くため息を付いた。
「アスラン・・それ・・すっごく後悔してると思うよ。---何だかんだ根は真っ直ぐな人だし・・」
「だが・・アイツはアレが普通だといったんだぞ!!許せない・・っ---あんな風景目の前で見た直後で・・」
今起きていることを知れば・・少しは意見を変えてくれると思ったのに。
それでも・・普通だといい通したのだ・・アスランは。
「でもさ、一日早く帰ってきちゃったわけだし・・今日も訓練あるよ?アスランとの・・・」
「分かってる・・・・公務に私情は・・挟みたくない。」
「なら・・いいけどさ。---こんなちっちゃな事でって・・言われちゃうからね。」
分かっているが・・此処まで価値観が違うのだろうか?
同じ人だと言うのに。
そう考えたまま、訓練の時間になり・・カガリはアスランのところに出向いた。
「「・・・・・・・・・・・・・・。」」
お互い何も会話せず郊外まで来て、何となくいたモンスターを倒していた。
気まずいと・・お互い思いながら。
そしてユラはふらりとどこかへ消えてしまう。
「-----ユラ?」
そう、声をあげた時・・すでにユラは視界から見えなくなっていた。
「知るか・・あんな奴。」
そう子供染みた悪態を付いて森の中をずかずかと進む。
今なら何でも倒せそうだと思い、ざわざわと感じる気配に剣を出した。
「いくぞ・・ルージュ」
ルージュを作るのに使われたアビリティ・ストーン・・それは、今首からかけているお母様のものだった。
ガッと周りの林を揺らして出てきたものに、カガリは絶句してしまう。
「ったく・・今日は最悪だ!!!!」
そう舌を鳴らして、前方に出たモンスターに切りかかった。
「・・・・・----・・なんだ・・この気配は・・・」
いつもより強いモンスターの気配にアスランは眉を潜めた。
久しぶりだな・・大体なんでこんな強い魔物が・・人里近くに・・
そう思いながら城下町に被害が出てからでは遅いとその気配のするほうに向かう。
相手は巨大な虎だった。
大きさは有に象と同じくらい・・、牙も鋭いし・・肉食らしい。
雷を食らわしても・・身体の大きさに見合わない。---直接脳に流し込めれば・・。
そう思うのだが相手はその隙を与えてはくれなかった。
牙と爪を避けて、木を駆け上がり枝を蹴って背に乗る。
振り落とそうとするそれに刃を刺してなんとか踏みとどまった。
「くそぉ・・毛皮より下にいかない----」
力が足りない・・。そう感じてそこからどうしたらいいか頭を働かせた。
「ユラっ!!」
そう・・アスランの声がして、カッとなる。
「・・・・・・・・・・来るなっ!!!コイツは俺がやる!!!!」
お前なんかの手は・・借りてやらない!!
そう啖呵を切ってルージュを離し、身を投げた。
そして空中にいる間に、雷を呼ぶ。
通常、雷を放つ時は飛んでいる電気を集めそれを落とす。
だが・・今回は違う。呼ぶのだ、雷の雲を。
これは・・本当に出来る術者でないと出来ない技だった。
そして、たった三秒、・・三秒後ルージュを避雷針とした雷は落ちた。
だが、その雷の勢いに押されカガリ自身の身体も飛ぶ。
--------打ち付けられる。そう感じた瞬間だった。
「・・・・---・・?」
痛くない・・。
「大丈夫かっ?!!」
そう翡翠の瞳がアップに写されてカガリはビックリして顔を上げるとゴチンと頭がぶつかる。
「「-------っ・・」」
お互い頭を押さえて、見合わせた。
どうやら・・庇ってくれたらしい。
そう思っていると、庇った時の衝撃かアスランは軽く腕を押さえた。
「-------見せてみろ。」
そう言ってガッと腕を見るとアスランの腕は蒼く変色している。
内出血を起こしたらしい。
「・・・君を受け止めた時・・丁度鎧の部分がぶつかったんだ・・。心配ない・・三日もすれば・・」
そういったアスランを気に留めず、その腕を引っ張ったままカガリはルージュを拾い上げしまって水辺に向かう。
本当なら・・回復の術を使ってやりたい所なのだが・・・・---回復の術は基本的に女性しか使えないのだ。
だから----隠すために、すまない。
そう思いアスランの腕を黙って水につけた。
そしてまた黙ったまま・・冷やすのに使える草を集める。
「・・・---・・ユラ」
戻ってきたユラに、アスランは気まずそうに口を開いてユラも「何だ」と気まずそうに聞いた。
「・・ありがとう。」
そうぶっきらぼうに言われた言葉に、カガリは泣きそうになってしまう。
薬草を貼り付けて、アスランと眼を合わせた。
いきなり・・綺麗な金褐色に見つめられてアスランは焦ってしまう。
いや、何がときかれたら良く分からない・・だが・・いや、不思議な気分なのだ。
「・・・ありがとうは・・こっちのセリフだ。」
ユラはそう言って眼を逸らして黙ってアスランの隣に腰掛けてこてんと頭を寄せてくる。
「・・・---・・ユラ・・??」
何故か気が動転し出した自分自身を不思議に思って、アスランはユラに尋ねた。
「----ショックだった・・お前が、あんなふうにものを考えていて・・」
その話題を振られて・・アスランは気分が暗くなる。
あの時は・・半分ほど、シホに嫉妬していたのだ。
大切なものを奪うのではないかと言う不安。
「お前は・・本当に、そう思うか?」
二度・・同じ質問を受けて、アスランは黙って首を横に振った。
---あんな実状が・・いいなんて、誰も思えない。
どうにかして---変えなければならないと・・・・感じる。
だが・・・----。
「お前は・・皇子なんだろう?一応、なら違うと思ったことは直せばいいし・・続けたいと感じた事は続ければいい。」
"お前があって、皇子がある"
その言い方が嬉しかった。
今まで・・皇子があって・・アスランがいる。そういわれてきたから。
「-----・・・ありがとう、ユラ。」
そう微笑むと、ユラも微笑んでくれて和やかな雰囲気が流れ出した。
「・・明日は・・ヘリオポリスだな・・あの子・・ミリアリアも--無事だといいな。」
・・・そう口にしたアスランに、カガリは嬉しくなって見つめた。
よかった・・。
そして二人で城にかえって行く。
コンコンと叩かれた戸に、シホはカガリが帰ってきたのだと思い嬉しくなって戸を開いた。
幼い頃からの憧れで・・大人になったら支えていきたいと願っていた、その相手だから。
----先代の国王、ウズミ・ナラ・アスハ様、その方は本当に出来た人間で、何よりも自由と平和を望んでいた。
シホ自身それが当然の事であり、絶対の事だと感じて育っていたのだ。だが----
大きくなるにつれ、プラントの様子を聞き・・これは守られた社会なんだと感じてしまう。
そして・・八歳の時に剣を取った。
守られる立場ではない、護る立場になる為に。
十一歳のある時、アビリティ・ストーンを装備できるものの試験に最年少で受かり、カガリ様と顔をあわせた。
だが---それからすぐ、プラントとの戦争になってしまう。
ザフトの前・公衆の前で・・この能力を使うことは硬く禁じられていた・・だから・・。
シホはその決まりを守っていたのだ・・。あの時ですら、自分が・・襲われそうになったときですら。
「ご公務お疲れ様です」
そう扉を開くと、思いがけない・・・と、言うか・・。知らない人がいて眼を開いた。
「----・・誰だ?貴様。」
そう鋭いサファイアの目に問われてシホは聞き返す。
「こちらはユラ様のお部屋です、何か?」
そして何故か険悪なムードが流れて、バチバチと火花が散った。
お互い"なんだコイツ"と目が言っている。
「------・・何故女がこんな所に・・」
そういってしまったのは、やはり不自然だからだった。
いや、不自然なのだ・・。軍に女がいるなど---。
参謀が許可したらいしし・・ユラにも言われたが・・
----しかし、
「・・いて、何か不都合でも?」
パープルの瞳は何処か喧嘩を売るように見えて、イザークは更に眉を潜めた。
だが相手は直ぐにパッと背を向けて紅茶を入れだす。
「ユラ様がお帰りになるまでこちらでお待ちください。」
そう丁寧に言われて、イザークは黙ってソファーに座った。
そうして置いてあるアンティークの中にチェスを見つけ、立ち上がる。
「ほう・・奴もチェスをやるのか。」
イザークの趣味はチェスで、アスラン以外になら負けたことは無い。
こんど、一二度打ってみようと思っていると、隣に来たその女はそれをパッと取り上げる。
「・・御暇でしょうから、付き合います。」
そのセリフにイザークは「誰が頼んだ」と悪態を付きながらも暇なので同意する事とした。
実際、暇なのはシホで・・こんな部屋の中に丸一日いるのは本当に退屈だった。
いっそ街に抜け出そうと思うのだが、それは夜中だけ・・昼はあまりに目立ってしまう。
「では・・お願いします。」
-----一時間後、ユラとたまたま部屋の前であったキラが部屋に入ってくる。
「くそぉっ・・貴様----追いつきやがって!!」
「喚いてないで、次です次。」
「煩いっ!!!くそぉ貴様!!!!」
「何か?」
そのやり取りを見て、キラとユラはキョトンとして顔を見合わせた。
「白熱してるなー、チェスか?」
そうユラが声をかけて初めて気が付いたような反応を見せられて、キラは笑ってしまう。
「イザーク・・負けたの?」
「人聞きが悪い事いうなぁ!!今並ばれた所だ!!」
「今負けたわけね。」
「黙れ!!」
そしてユラはシホに微笑みながら話しかける。
「そっかーお前チェス得意だったな」
「はい。ですが・・イザークさんも中々の強さで・・」
そうして満足そうに微笑むシホにカガリは嬉しくなって笑い返した。
たった一人・・この部屋に置いて行って、内心申し訳なく思っていたのだ。
「イザークさんはユラ様にご用件があるようです」
そう言われて思い出したようにイザークは口を開く。
「明日のヘリオポリスでの計画は・・日没と共に開始するらしい。---だから、三時ごろこの町を出る。」
そう伝達をして、立ち去っていこうとするイザークにシホは話しかけた。
「・・・決着は・・お預けですね?」
「ふん・・次は大差で勝つ。」
「負けませんよ。」
その後、イザークの頬が半ば緩んで直ぐにキュッと結びなおされた事に気が付いたものはいなかった。