第三十六章・・・偏頭痛



いつも見る、ぼやけた---夢のようではない、はっきりとした草原だった。
・・なんで、こんなに鮮明なんだろうと思って・・そこを一人で据わっていている夢。
いつも出てくる、あの人はいない。
目の前には、花も咲かず・・・草が生い茂っていて、そこで・・なんだか泣きたい気分でただ居る。





ツンとした痛みで眼を覚まし・・アスランはベットに戻り寝なおすことにする。
だが・・頭痛は酷い、まあ寝る前に比べればましか。
そう・・思って身体にかけられた毛布を取ると不意にあの姫の姿が浮かぶ。

-----礼でもいうか。

溜息を付いて・・パタンとベットに倒れた。

キンッキンッ・・

---------・・何故だろう、痛いのに・・意識は磨れる。

そして眠たくもないのに・・目の前が霞む。
いや・・気絶するほどの痛みでもないのに・・・。そう・・ボンヤリと思い、意識が吸い取られた。



「・・頭痛薬?」
「はい・・、この頃酷くて。」

相談したのは・・と、いうか薬の調達で相談できる相手なんて、正直オーブではこのカガリ姫しかいない。
なんだかんだ花の世話をしてくれる時に会話するし・・この姫なら快く了承してくれるように思えた。
だが・・
その人は、一瞬、顔をゆがめた。

「・・そっか・・・分かった、会議の後でいいか?もう、時間だから。」
「いえ・・本当にすいません、それと・・昨日はありがとうございました。」

丁重にお辞儀をすると相手は眼を逸らして

「・・べつに・・礼を言われるほどの事などしていない。」

と、そっけなく・・歩き出してしまう。






頭が痛い・・それは、おそらく・・アスランが私の事を思い出そうと・・無意識的にして薬がそれを止めているんだろう。
カガリがアスランに無理に嗅がせたもの・・それは、独特の匂いが脳を刺激し・・一定の神経伝達物質を脳に出す働きのあるものだ。
それは・・今最も新しい記憶にある事の・・全てを、思い出すことを禁じるもの。
思い出そうとすれば、そのフラッシュバックで同じ物質が伝達され・・頭にそれ以上思い出すなと歯止めを駆けてくれる。
そして、あの薬には・・使われないと判断された記憶をいち早く奥へ奥へとしまう効果もあるのだ。
だから・・禁止された記憶を真っ先に最後に持っていく・・相乗効果でより一層早く記憶がなくなる。
だが、記憶自体は寝ている間主に整理されるため・・その効果がフルに発揮されるのは寝ている間だと思う。

・・・きっと・・昨日寝たのも・・その薬のせいだ。

思い出させないようにして、寝る事で・・最後に持っていこうとする。
だがそれだって、あの香りを嗅がせる前の記憶のみ。新しい記憶は着実に普段道理重ねられる。

-----つまり、新しい記憶だけあるのだ、アスランと私の間には。

そう考えると・・なんだか、悲しい。

いや・・それが、私の選んだ道だと理解している・・・・・でも。


目の前に居るのに。

・・・そう、思うと・・・心臓が軋む。

だけどと、カガリは会議に神経を集中させた。





「・・疲れていたのか?」

そう・・声をかけていたのはイザークで・・でも、何故か隣にアスランはいた。
アスランもそう感じていた、だが・・それを尋ねるのはどうかと思う。
違う、本当は尋ねたかった、だけど・・言えない、自分が言われても・・どうせ「大丈夫だ」としか答えないから。

「・・悪い、ちょっとな。」

申し訳なさそうに眼を逸らし、イザークも「そうか、無理するなよ」と言い部屋から出て行く。
そういえば・・姫とイザークは知り合いらしい、それは・・最初の会話で分かっていた事だった。

"・・・酷いな、イザーク・・・始めましてじゃないだろう?"

そう・・意地悪そうに微笑んで、でも晴れやかな笑顔をイザークは向けられていたような気がする。
・・・いったい、いつ知り合ったのだろう。
その疑問を投げかけるのも・・やっぱり変な気がして、結局何も言わず・・ただ花の世話と今朝頼んだ頭痛薬の事を言った。

「・・・じゃあ・・交換条件だ」

いきなりの提案に頭を捻らせると「・・子供と遊んでやってくれ、お前の事---気にいったようだから。」・・そうまた眼をあわせず言われる。


姫の部屋には、マーナと言う人がいて・・出るように促されると軽く礼をして去っていった。

「・・・ほら、また遊びに来てくれたぞ?」

そう・・ホムラとミボシに話しかけると二人は待っていたようにキャッキャと騒ぎ出した。
ミボシを渡され・・目が合うと、その女の赤ちゃんはアスランの顔に手を伸ばしていた。
そして・・姫はホムラを抱き上げ、ホムラとミボシは互いの腕の中でも引き合うように手を組む。

「・・仲の良い双子だろ?」

そう・・微笑んだ相手を見て・・アスランは何も答えられなかった。
他愛もない言葉なのに・・その人は涙を浮かべている、そう見える。

「・・ミボシ・・よかったな、遊んでもらえて。」

もう・・消え入りそうな声に、アスランも何となく・・その発言者の瞳を覗いた。

「・・・大丈夫・・か?---疲れているのか?」

聞かずに入られなくなって尋ねると、姫は直ぐに微笑んで

「ああ、-----全然、大丈夫だ!」

----明るい声に戻る、だが・・その目にだって涙は浮かんでいた。


・・大丈夫?

どこがだ。






・・よかったな、ホムラ・・ミボシ。

そう・・泣きそうになりながらも思う。
一生・・アスランの腕に二人が抱かれる事なんてないと思ってて
・・まさか、部屋で・・家族水入らずで・・あんな時間を過ごせるなんて・・---無理だと思っていたから。
嬉しそうにする我が子に、カガリはもう泣きそうになっていて・・でも、そんなの他人のアスランからしてみれば・・可笑しな事で。
それが・・また、この歓喜に哀愁をくわえさせ、もう混ざったような涙が出そうでたまらない。
それは・・今も、こうやってアスラン部屋に向かって二人で歩いているときもそうだった。

だが、


本当は・・私自身・・・・・・アスランとはもう・・一緒にいたくはない。
悲しいだけではないか。
苦しくて、辛いだけではないか。

----なんで、中途半端に花のことを・・覚えているのだろう。

いっそ・・オーブにきていたことも全て、忘れてくれて居ればよかったのに。
まだ・・こうやって、二人きりの時間をすごさなければならない。
-------・・嫌だ。

もう・・ミボシと・・ホムラにだけ、あってやってくれればいいから。
本当に・・もう、私とは・・合わないでほしい。
・・・泣きそうだ。

そう・・考えて、アスランの部屋に着き・・頭痛薬を渡す。

そしてカガリはアスランと顔を合わせず・・花のほうへと駆けていくことにした。






薬をみて・・間違えないと判断してからアスランは水でそれを流し込む。少し苦い味がして・・だが、何処となく香ったのは花の香りだ。
おそらく・・飲み安いようにしてくれたんだと思う。
イザークには・・少し疲れたと本音を言い、自分には大丈夫だと言ってくる。
それは・・恐らく、自分には気が許せないといわれているような気がしてならない。
当然・・の、事だとは思う。イザークは元から知り合い・・俺は初対面。
親しいものに・・弱音を吐くのは当然で・・でも。

・・・・?でも?

なんで・・こんな接続詞が浮かぶんだ。

珍しく・・アスランはその姫のいるベランダに向かう。本当ならただ、黙って・・ベランダをソファーから眺めるだけなのに。
だが・・そう、思って・・アスランは足を進める。
ピタリと足を止めたのは、その・・人が、

「・・・ないているのか?」

その言葉にビクンと肩を揺らして・・でもこちらを振り向こうとはしない。
アスランは黙って・・その人の隣に腰を下ろした。

「・・・・・言いたくないなら・・言わなくていい。」
「・・ないてなんかないさ・・ッ!---何言ってるんだよ!」

唐突に笑顔を浮かべたのが・・アスランにだって分かる。
潤んだ目で・・そのセリフは馬鹿だと思うが・・まあ黙っておく。
だが・・この人が泣くなんて・・珍しい事があるもんだと思う。
だって・・会議中の彼女はいつだって男前で、国の方針を考えて・・まるで・・女性じゃないような感じだ。
守られるのではなく守れる人。・・・かわった女性だと思う。
・・その、人が泣いてる。
・・・・・・無理して、笑顔を作ってまで。
どうして?なんで?

「・・・さっきも・・そうだった、泣きそうだった。」
「だから・・さっきも今も・・別に・・」
「・・なきそうだった。」

はっきりと言い切って顔を覗く、金褐色の目が大きく見開かれアスランはそのまま見ていた。
だが・・また、じわりじわりと・・その相手の目には涙が溜まる。
そして眉を八の字に曲げ・・それでも、笑おうと勤めていた。

「・・・・-----・・我慢するなよ。」

手を伸ばして、触れてしまった。
その・・金髪の髪に。






月明かりに照らされて・・信じられないほど綺麗な翡翠の瞳・・。
それに・・昔と寸分違わない、あの・・優しい顔。
それを間近で見て・・もう、泣くなと言うのが無理だった。
抱きつきたい、・・・思い出して。

そう強く願う。

でも・・許されないと、知ってるから。
涙を殺すように顔を鎮めると・・大きな掌が頭を撫でた。
スゥッと手で優しく何度も撫でられて・・そして指に髪を絡められる。





金髪を・・無心になって撫でていた。
綺麗な髪・・触ればサラサラとしていて・・思わず指を絡める。
スッと梳くたびに、花の香りがして・・アスランは頭がボーっとしてくる。
そして・・鈍い痛みが脳を走り抜け、意識が遠退く。
まだ駄目だ・・まだ。
そう何とか意識を保って・・その泣いている人の顔を無理に上げる。

「・・・無理するな。」

再度・・そう覗き込むとその金褐色の目は大きく視線を逸らして・・・でも頷いてくれた。
泣いている理由を聞きたくて仕方が無い・・---だが、それも失礼かと思う・・。
でも。

「・・・なんで・・泣いているんだ?」

聞かずにいられなかったから。
力に・・なりたいと、柄にもなく・・考えてしまったから。
その人は一瞬たじろいで・・口を開いた。

「・・お前が・・似てるんだ、夫に。」

小さく・・そう言われ・・そういえばミボシは・・藍色の髪に翠の瞳だと思い出す。
父親にだと言っていた、だから・・か?


「思い出すから・・お前といると--------だから、」

涙を拭きながら・・そう言って立ち去った相手。

アスランは何も居えず・・ただ見送っていた。































































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あとがき
アスランファイッ!
2006/05/16