第三十一章・・・綻ぶ鎖



ぐったりと倒れこんだアスランを横目に・・近くの川に入り、身体に付いた白濁色の液体を落とし・・またその場に戻った。

「・・お別れ、だ、アスラン。」

綺麗な睫毛には薄っすらと涙を覗かせるアスランに・・カガリは優しく瞼に唇を落とし、服を整え・・自分が乗ってきた馬に乗せる。

記憶・・それは、寝ている間に整理されるらしい。
赤ん坊がよく、寝返りを打ったり夜泣きをしたりするのは・・今日一日あった事を、整理しなおすからだとマーナがいっていた気がする。
きっと・・今頃、アスランのユラ・カガリの記憶は・・着実に、整理によって奥へ奥へと追いやられているに違いない。

「・・かがり・・----」

そう・・寝言のように口にして、また頭が痛いようで抱え込んで丸くなるアスランを・・カガリは泣きそうな顔で見ていた。
思い出そうとしてくれているのだろうか?アスランは----。
アスランの馬を見つけて、その馬にアスランを乗せて・・ある程度の距離まで馬を走らせてしまう。
目の前に・・ちょうど、一つの村が見える所まで。

そこまで来ると・・徐々に、夜は明けていく。

「・・・じゃあ・・な、アスラン。」

そう・・最後に呟いて、唇を軽く重ねて・・カガリは自分の馬を・・王都に走らせた。





「・・貴様っ?!」

兵に・・「皇子が・・村の外にいるようです」と言われ、来たイザークはその相手の姿に驚く。
馬に乗っていると言うより・・馬に、乗せられているような状況ではないか。

----やられたのか?!

そう思って引き摺り下ろしても・・一向に怪我しているような場所は見えない。
ただ・・寝ていると言うのに眉間にしわを寄せて・・唸っている。

「かが・・り-------・・かが・・」

その、何度も繰り返される、"カガリ"の名前を聞いて・・イザークは、黙って、アスランを馬に戻し・・村に入れた。
小一時間もしないで・・アスランは唐突に起き上がる。
・・信じられないほど、瞳に涙を溜めて。

「・・----・・起きたか、馬鹿者。」

そう・・声をかけると、アスランは何も聞こえないように耳を塞ぎこみ、膝を抱えてしまう。
だが・・直ぐにはっとして顔をパチンと叩いて・・イザークを見た。

「・・紙と・・ペンはないか?」
「・・あるが・・。」

置いてあった紙とペンを出すと、急にアスランはインクをつけて書きなぐりを始める。

・カガリ=ユラ
・白い花
・金髪
・金褐色
・草原
・オーブ

それを書くと・・・ピタリと手を止めて頭を抱えてしまった。

「・・・どうか、したのか?」

そう尋ねるとアスランは翡翠の瞳を涙で染めてしまう。

「・・カガリ・・ッ」

起きて、・・何も思い出せなくて・・。
でも直ぐに、思い出そうとして・・必死に頭の中でカガリの姿を浮かべた。

「アスラン!」

そう言って、話していた頃・・・・それが、まるで---五年も十年も昔だったような感覚に陥る。
でも、その記憶と裏腹に、しっかりとした感覚が・・身体に残っていた。
輝く金髪、睨んだり・・笑ったりする金褐色の瞳。
それが・・全部、セピア色に色あせるのが分かった。

消えてしまう。

それが・・一番恐いのは、君が・・カガリに対する執着が消えたときだった。
恋しいとも、好きだとも、思い出せなくなる。
この・・君に対する激しい感情も・・全部、全部----
数日で・・消えてしまう。

そして・・最後に書きなぐった文字。


"忘れたくない"


それをみて・・イザークは大きく瞳を開いた。

そうして・・アスランは直ぐに、頭を抱え込んでしまう。

「・・すまない・・イザーク----先に、城に戻させてくれ。」
「・・---かまわんが・・貴様-----・・カガリと・・」
「・・忘れたくない、忘れないうちに・・薬を-----」

確か、薬草の本も・・あったはずだ、思い出し薬の・・材料だって、あの部屋にならきっとある。

「・・・・急げよ。」

そう・・言われてアスランは村を馬で飛び出した。







「・・・おかしい。」

そう・・ぼやいたのはプラントからの使者の手紙を見たからだった。
どうやら・・あちらの国は、---友好関係を結びたいと申し出ている。
・・どういうつもりだ?
あの・・ギルが・・---引き下がるとは思えない。
きっと---何か裏があるのだろう。

「カガリさん?・・式典の準備が整いましたの」
「・・ありがとう、ラクス。」

その手紙をしまいこみ・・カガリはマーナに言われドレスに着替えた。





二日間・・寝ずに、馬を走らせ・・なんとかプラントにたどり着き、自分の部屋に駆け込んだ。
父への報告も、なにもせずに。
ガチャンと戸を閉めて・・すぐに、ずらりと並ぶ本棚から、薬草の記憶関係の本を取り出し
・・思い出し薬と忘れ薬のページを開き・・そこに、村で書いたメモを挟んだ。
そこで・・体力の限界が来て、フラリと倒れそうになる中、自分のポケットに手をやると・・小さな粒粒が手に当たる。
取り出すと・・それは、オーブで育てた・・あの白い花の種で、アスランはそれも・・机の上においておいた。
プツンと何かが・・切れて、絨毯の上に・・倒れこむ。



夢の中、なの・・だろう。
そう・・暗い場所を歩き出すアスランの隣には誰かがいて、・・その人は金髪の、金褐色の目だと見ずに感じる。
だが・・、

「・・か----が・・」

・・なんだっただろう、続きは。
そう・・ボンヤリとした記憶ので・・歩いた先には白い花が散らばっていた。
そこで・・ハッと目が醒める。

「・・・カガ・・ッ」

もう、名前も分からない。
そう・・焦り本を開き名前を確認する。

・カガリ=ユラ

カガリ・・そう、カガリだった。
その時、既に過去形だということに・・アスランは気が付かない。
だが・・すぐに、名前を覚えた事に・・安心して、眠りについてしまった。








『大地がなければ生きられず
水がなければ生きられず
太陽がなければ生きられない。
全てに生かされると言う幸福。

そこに貴方の笑顔がなければ・・
その、揺らぐ、幸。

貴方に会うために生まれたのだと、
皆に逢う為に生まれたのだと
口に出来なくても・・・きっと伝える。
伝わる。

幸せ、悲しみ、
全て・・いつか・・伝わる。
大地に・・水に、太陽に・・
そして・・貴方にも。』

そう・・歌い上げた、ラクスに・・オーブ国民から拍手が上がる。

カガリは既に演説を終え・・とりを飾るラクスの唄に・・ツゥッと涙が頬を流れた。











「・・種・・・?」

そう・・口にして机に散らばる種をかき集めて・・ベランダに植える。
いつ・・花が咲くんだろうとボンヤリと思い・・太陽を見上げた。

「・・---晴天か・・---太陽・・綺麗だ。」

その金色に魅せられ・・でも目が痛くて逸らし・・部屋に戻る。
そして・・ばらばらに出された本を見て・・----・・紙の挟んであるページを開けた。

・カガリ=ユラ
・白い花
・金髪
・金褐色
・草原
・オーブ

それを見て・・ボンヤリと浮かんだ人影を、アスランは深く追わない。
でも、


確かに残った喪失感。



そして・・






釘が、刺さった気がしたのは・・気のせいだろうか?































































+++++
あとがき
第一部終了です。
記憶なんて酷く曖昧なものだと思うんですよね。
実際、脳が管理する情報に過ぎないといっても過言ではありません。
でも、確かに影響して自分と言う人格を作ってきた大切なものです。
忘れる事はあっても失う事はないと思うんですよ。記憶って。
でも・・実際、どんなに仲の言い友達でも、十年二十年離れれば思い出は薄れますよね。
その時思ったどんな大切なものだって、触れていなかったら忘れるんですよ。
それを思い出す努力をするのが好きです、昔が好きですね私は(現実逃避とも言う)。

ともかく、第一部終了です。こんな終わらせ方をして・・申し訳ない・・。・・此処まで読んでくれた方ありがとうございました。
2006/05/12