「では、行ってまいります。」
「気をつけて」
そう他人行儀の礼をして、カガリたちはオーブへと馬を進めることになった。
と言っても馬に乗れるのはユラ・アスラン・キラ・イザーク・ディアッカのみ。他の兵は足を使わなければならない。
「ほら急げお前らっ」
そう声を荒げたディアッカにカガリはギョッとする。
「・・いや、もう三時間も走りっぱなしだ。・・もうじき疲れが----」
「そんなこといって、遅れたらどうするつもりだ司令官さん」
そう皮肉っぽく言われカガリはカチンと来る。そして馬を止めた。
「・・・・・ディアッカ、お前走れ。」
「はぁ?!」
カガリのセリフにイザークもアスランも・・キラでさえ驚いてしまう。
だがユラは一向に譲る気配もなくキッとディアッカを睨んだ。
「・・なんで俺・・」
「命令だ。」
パッと言い放ち、今まで走っていた兵八人を見渡しユラは水筒を投げた。
「・・・十分後・・また走る、---誰か怪我した者はいないか?」
そう声をかけると、その八人の兵は一人を見た。どうやら新入りらしく肉離れを起こしたように思える。
「・・・・---・・、貸してみろ。」
ユラは颯爽と馬から下りてその者に駆け寄ると、相手はびくびくしてしまう。だがユラは臆せず微笑んだ。
「・・取っ手食ったりしないさ。・・---・・見せてみろ。」
そしてその者の足を見て直ぐにアスランを呼んだ。
「おい、薬草持ってるだろ?少し分けてやってくれ」
「---構わないが・・」
それを見てディアッカはあからさまに眉を潜めた、「いいじゃんそんな下っ端」と顔が言っている。
薬草を取りユラが手当てしようとすると周りの兵が申し訳ないと近寄ってきてユラに取って代わってその者に薬草を貼り付ける。
「・・・直ぐには良くならないから・・、ディアッカの代わりに馬に乗れ。」
「・・っは!!!?」
有り得んと睨むディアッカを睨み返しユラは怒鳴った。
「じゃあお前が肉離れになるまで、この馬他の者で乗り回しだ。」
「おいおいマジで言ってんのそれ・・?---切れるぜ?俺。」
バチバチッと音がして、地面に薄っすら亀裂が入る。
ディアッカの能力は地面だ、だから本気になれば20uほどの地震なら起こせる。
だが、ユラは全く臆せず・・ディアッカの前に立ちバチンと頬を叩いた。
「----・・怒りたいのはこっちだ馬鹿。」
それをみてキラは笑い出し、ディアッカは地面を揺らすのを止めた。
-----・・そう見えた。
「ディアッカ、ユラは言い出したら聞かないんだから・・駄目だよ?怒らせちゃ」
そう言う間にカガリはその兵をディアッカの馬に乗せ、ディアッカは渋々走り出した。
「・・あと少しで今日泊まる予定の宿場に着く・・疲れたもの、怪我したものがいたら言ってくれ、次は俺が変わる。」
そうハッキリと公言したカガリに、ディアッカは溜息を付いた。
二時間後、無事に宿場町につき馬を屋根の下に入れて伸びをすると、汗だらだらでディアッカはユラを睨む。
「・・・・・・・・---偉いからといって、・・さっきのような態度、俺は許さない。」
小さい身体で、でもハッキリとした金褐色の目に射られてディアッカは黙って宿舎に入っていった。
キラはユラに駆け寄ってアスランも何となくそちらに行く。
「かっこいいじゃないの、ユラ。」
「当然の事だ、人にされてあんなに睨むのに・・他人にやらせるのは何とも思わないなんて・・」
その言葉を聞きそう言うものかとアスランは呆然と思った。
・・・今まで、あまり・・他者にそんな感情を持った事は無いせいだろうか?
他人を考えるなんて行動・・元から偉いアスランや、各大臣の息子のイザークやディアッカは思っても見ない発想だった。
「・・よしっ、明日俺も走る。」
「え?!ユラ本気?」
「本気だっ!!ディアッカと一緒に走る。」
「無茶だってっ!!ユラ・・ここの検定の時、体力と力足りないって・・・」
「ばーか、だから鍛えるんだ!!」
そう、まるで当然のように、・・身分の低いものと・・あえて同じ行動を取るユラがアスランには理解できないいた。
司令官・・どう考えたってこの中では一番偉い役職だ。
なのに?
そう困惑した目で見るとユラは「お前はどうだ?」と笑いながら言われて、何となく頷いてしまった。
その宿舎に入ると、さっきまでの疲れは何処へやら・・ディアッカは早速女の子と話している。
だが・・相手はあからさまに嫌がっていた。
「・・・おい。ディアッカ。」
そう怒るようにユラが声をかけると、ディアッカは呆れたように睨んでくる。
「もういいだろ?折角今疲れ癒してんだから・・」
そしてディアッカはおもむろにその子の肩を掴んだ。
「酷くしないからさ、ね?笑えって、部屋行かない?」
プツンとくる衝動をカガリは必死で抑える。
「これでも良い方、酷い人はもっと酷い」と耳元でキラが囁いて、カガリは声を荒げた。
「・・・・・・・・・・---止めろディアッカ。」
そうユラが低く唸るとディアッカも声を出す。
「あのな、今は休憩中。休憩中まであんたの命令なんて・・」
カガリはパッとその栗毛色の跳ねた髪の女の子を見た。
まだ・・そう歳の変わらない子。・・嫌がっているのは良く分かるし、顔も蒼い。
「・・お前・・歳は?」
「・・・17・・よ。」
おっかなびっくりに出た声を聞いてユラは顔をしかめた。
同い年の子・・そのこが、男の人に対してここまで恐怖心を抱いているなんて。
「・・・---大丈夫、俺たちは何もしない。何もしないように・・部下に言っておくから。」
そう微笑んで、部下を集合させユラは命令を下した。
"これから、絶対に・・女性に手を出してはならない。出したものは・・罰する"
兵士達はどうやら街に溢れるほどある風俗店に出向こうとしていたらしく肩を落とした。
「・・・・・ハッ・・女などにうつつを抜かす暇があるなら鍛えろ。」
そうイザークは馬鹿馬鹿しいと鼻で笑って、自分の部屋に入る。
そしてカガリはその宿場の子の所に出向いて頭を下げた。
「・・すまない。---さっきの無礼・・。アイツには良く言っておくから。」
そう言うと、その女の子はクスクスと笑って声を出してくれる。
「・・・ありがとう、貴方のお陰で助かったわ・・。私・・今日ここに売られてきたばかりなの。前はオーブの奥地にいたから・・」
そう話が弾みフロントでその子と会話をすることにした。
「ずっと、小さな村で暮らしててね。外がこういう状況なんだって何となく知ってたけど・・まさか今日急に言い寄られるなんて・・」
「そっか・・、そうだよな。・・でもあれでもマシな方だと仲間が言っていた。」
そう言うとその子は青ざめてしまう。今日は良いとして、明日は?明後日は?
いつ、身に危険が迫ると分からないじゃないか。
笑顔が消えて、青くなったその子にユラはポンと頭を撫でた。
「ユラだ・・お前は?」
「・・・ミリアリア・・。」
ソレを聞いて、ユラは立ち上がり・・宿舎のオーナーの所に歩いていく。
「・・・あの子、俺に売ってくれないか?」
その言葉にミリアリアは驚き宿舎のオーナーも驚く。
そしてお金の交渉をして、ユラは戻ってきた。
「か・・買って・・、どうするの?」
そんな中ミリアリアには嫌な考えが過ぎる。
このまま・・この人の物になって、もっと酷い事をさせられるのではないかと。
だがユラはにっこり笑って口にした言葉は、その場に偶々居合わせたアスランとディアッカを驚かせるには十分だった。
「俺たちはオーブに行く・・だから、送るだけだ。」
「え・・」
「安心しろ、馬なら私のを貸してやるから。」
「な・・え・・?何で・・」
男の貴方が?
ユラはその目に哀しく微笑んだ。
「・・酷い事・・経験する前に、ちゃんとした場所に返してやりたい。・・それだけだ。」
同じ女の子として、そんな売女的な扱いは・・嫌だから。
「・・・本当に?」
「ああ・・誓って。」
そう言うとミリアリアは泣き出してユラに抱きついた。ユラも慰めるようにミリアリアの背中を撫でる。
「・・大丈夫だ、ちゃんと・・返してやるから。」
「・・っありがと・・---」
その光景を、不思議な気分で見ていたディアッカとアスラン。
特に・・さっきまでその子に言い寄っていたディアッカは眼を見張ってしまった。
何だあの女・・ユラの前では笑ったり・・泣いたりするのに。俺がいったって、ちっとも聞きやしない。
--------女の癖に。
少し苛立って、ディアッカは自室に入った。
「じゃあ・・隣に部屋取るから、---ちゃんとかぎかけとけよ?」
「ありがとう・・」
泣き止んだミリアリアに声をかけて部屋へと案内し終わったときアスランはユラの元に歩いていく。
「・・・・・どういう・・つもりなんだ、君は・・」
本当に不思議だった。
別に・・・ラクスのように聖母でもない女に・・気遣う必要はないように感じられたから。
だが、ユラはキッと眼を光らせて
「お前・・女性を何だと思っている?」
「え?」
そう・・・・常識を否定するような声にアスランは驚いた。
「---何って・・子供を生む・・」
"道具"だと。
父は・・周りは言っていた。
「-------・・本当に・・そう、なのか?」
悲しそうな眼に言われ、アスランはそれ以外に何があるのだろうと考えてしまう。
それ以外の・・答えを教えてくれたものなんて・・いないから。
夕食中ユラがミリアリアを招待したのかその場の雰囲気は何処となく険悪になっていた。
なんで女と食事なんて、そうそこにいる誰もが思っているように見えた。
キラと・・ユラを覗いて。
キラはミリアリアに笑いかけミリアリアもソレに普通に反応していてアスランはなんだか奇妙なものを見ている気分になる。
そして食事が終わりミリアリアが部屋に戻るとイザークがユラに声をあげた。
「どういう事だ・・貴様・・」
「なんだ?意見なら聞くぞ?」
ユラは全く悪びれた様子もなくて、イザークは怒鳴り散らした。
「女を食事の席に入れるなど・・---考えられん!!!!」
そう、いったイザークに何人かの兵は同意したように頷きユラは眉を潜める。
「私が許可したんだ、何の問題が・・」
「貴様の愛用の娘など・・目に毒なだけだ!!他の兵にとっても・・。大体貴様の命令を貴様が覆すなど・・」
どうやら、ミリアリアを気に入ったと見られているようで・・ユラは声をあげて笑った。
「・・愛用?なんだ、皆そういう風に見てたのか?ははっ!!」
馬鹿みたいと笑うユラにイザークはプツンと切れたように近寄った。そして胸倉を掴む。
「何がおかしい。」
「・・・----いや、お前達はどうも・・女性と言うとそっちの道しか・・考えられないのだな。」
つかまれた腕を解きユラはまた、皆に聞こえるようにいった。
「・・・彼女をどうこうするつもりは無い。----少なくともお前達が考えているような野蛮な事は・・しない、死んでも」
その言葉を聞いて、イザークはハッとしてユラを見て手を離し背を向けた。
「・・・・・・・言ったな・・お前。」
「ああ」
イザークは誰にも見えないように微笑んで・・その場から立ち去った。
部屋に戻るとキラに笑いかけられる。
「カガリ・・壊すって言うより創ってるよね。」
「・・・・?何をだ?」
「・・・正しいモラル。」
そう微笑まれてキラも微笑み返す。一人でもこうやってカガリを理解してくれる人間がいて・・本当に助かるとカガリは感じた。
翌日、ユラは今日は俺も走ると言い出し兵が混乱する最中ミリアリアは声をあげた。
「私・・ユラとが良い。馬乗れないし・・それに他の人は・・恐い。」
それを聞いたユラはじゃあ仕方ないかというとディアッカが声を出す。
「・・いいよ、俺の乗れって。----お前昨日自分で走るって言ったんだよな、じゃあ走れ。そしたら俺は誓ってこの子に手出さない」
そういい切ったディアッカにユラはニッと微笑んだ。
「じゃあそうしてもらおうか。---・・ミリィ、悪いがそいつと乗ってくれないか?手出さないって約束したし・・」
「-------わかった・・でも・・」
「・・大丈夫だって、約束破るほどディアッカは腐ってない。」
「・・ひでぇ言い様だな・・」
「いいかディアッカ、くれぐれも失礼のないように。お客様だと思って扱え。」
「----途中で音あげなんなよ、司令官さん!」
「ふん、馬鹿いってろ。」
そうしてユラは走り出し兵は後に続いた。